歌人が考える歌集批評会

こんにちは。第2歌集『メゾン花』を出版するまでの日記です。

 

今回は、歌集批評会について。

2016年7月23日に「オーロラ・タルト・タタン批評会」を開催しました。

『オーロラのお針子』と『タルト・タタンと炭酸水』の合同批評会です。

これまで参加者と運営と著者と全部やってみて、ばばっと振り返りたいと思います。

もちろん、あくまで私の感じたことです。

 

どうしてやろうと思ったの?

ご縁です。(関わってくださったみなさま、本当にありがとうございました)

オーロラは2014年9月刊行で、批評会開催が2016年7月。ちゃんと調べたわけではありませんが、だいたいの歌集批評会が刊行して1年前後に開催のイメージなので、おそらく遅い方だと思います。この期間中「批評会を開催する意味とは何か」を漠然と考え続けていました。

 

批評会を開催する意味とは何か?

 人手も時間もお金もかかる、しかも理由は自分の歌集のため。どう考えても申し訳ない、というのが頭にありました。それに「批評会は行うもの」という慣例? に対する抵抗も少なからずあったと思います。しかしこれは主催者目線の話です。

一方、批評会に参加することは好きでした。ただきいているだけなのに、次第に頭が沸騰するような感覚がある。そんな視点があったのか、という気付きの連続。そうか。では、おこがましいかもしれないけど、自分が作者だということは置いといて、参加者として参加したいイベントにしようと思いました。

 あとは、それこそ「ご縁」によるところが大きいです。答えになっていないかもしれませんが、「これもご縁かな」というのが「やります」と言った理由です。

 その頃読んでいた冠婚葬祭の本で、「自分の人生では自分の一大イベントの、自分の出産にも自分の葬式にも立ち会えない。自分が自分のイベントに関われるのは主体的に生きている間だけ」のようなことが書いてあって、背中を押されました。

 

やってみてどうだったの?

感情面では、批評会、懇親会が終わった当日は家に帰ってボロ泣きでした。その時は関わってくれた方々に対して、もっとうまく会を回せたはず、という気持ちでいっぱいでした。翌日は「もう短歌つくれないかもなー…」とひと並みに落ち込み、ずっと家にいました。でも、それだけです。3日後には気を取り直して短歌をつくって、関わってくれた方々にはこころから感謝していました。今もしています。

 

次回は、運営について。

ご覧いただきありがとうございました。いつか、本屋さんで。

 

 

第1歌集です。2年間で2000首書きました。

厳選した一部が収録されています。

オーロラのお針子 (新鋭短歌シリーズ13)

オーロラのお針子 (新鋭短歌シリーズ13)

 

『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』トリビュート同人誌です。

文学フリマで3分に1冊売れたかも。限定版は完売、通常版のみです。

連作を寄稿しています。歌集刊行前。

手紙魔まみ、わたしたちの引越し

手紙魔まみ、わたしたちの引越し

 

歌集刊行後、101首、一挙掲載。

当時のできることをやりきりました。反響が大きかったです。

飛ぶ教室 44号 2016年冬 (金原瑞人編集号 えっ、詩? いや、短歌! それとも俳句?)

飛ぶ教室 44号 2016年冬 (金原瑞人編集号  えっ、詩? いや、短歌!  それとも俳句?)

 

批評会後に寄稿した連作です。

ご指摘いただいたことを自分なりに考えた、忘れがたい夏の一連です。

ココア共和国vol.20 季刊ココア共和国

ココア共和国vol.20 季刊ココア共和国